第一回 蝮の権蔵

あの日の夜から、真紀子との関係は続いている。
週に何度か、私の部屋へやってきて朝を迎えていた。

あのホテルでの夜、彼女は私の質問に何も答えてくれなかった。
ただ黙って自分を迎え入れただけだった。
私も無理に聞こうとはしなかった。
しかし、身体を重ねるごとに彼女の本当の姿を見たいと思う気持ちが今まで以上に強くなってきた。

独占欲・・・嫉妬・・・。

いや、それとはまた違うものだ。
月に何度か彼女は店に顔を出さない事がある。
そしてあのホテルの部屋。

彼女を束縛するつもりは無い。

身体だけの関係。

彼女にとってはそれだけかもしれない。
私にとって彼女の存在は・・・。
はっきりとした答えが出せない自分の姿があった。
真紀子はそんな事を考えている私の傍らで、
先程までの激しさが嘘だったような寝顔を見せていた。


翌朝、真紀子が帰ると電話に手を伸ばした。

「あんたには二度と電話をするつもりは無かったんだが、
勝負に負けた相手からもう少し情報を貰おうと思ってね。」

奴は私に住所、そして日付と時間を知らせた。
私が来る事も話しておくと。
そして、そこに真紀子が現れるとだけ告げて電話を切られた。


看板もない地下へ降りていくとそこに男が立っていた。
名前を告げると店内へ案内された。
表の月あかりよりも暗い店内。
フロアのテーブルには小さなランプの明かりだけが静かに揺れていた。

「お飲み物は何に致しましょうか?好きなものを御申しつけ下さい。」

「じゃあ、水割りを。」

「シガーなどもございますが、いかが致しますか?」

「じゃあ、モンテクリストのNo.5を。」

「かしこまりました。」

親父が好きだったシガー。
シガーと言われて思わず頼んでしまった。
子供の頃に嗅いだ懐かしい香りに包まれた。
シガーまで振舞われるという事は、ある程度の地位がある人間の集まりのようだ。
ここで何が始まるというのだ。

まだ店内には数人しか来ていないようだ。
時折、ヒソヒソと話す声が聞こえてくるだけ。
隣のボックスとは薄いカーテンで仕切られている。
カーテン越しにランプの明かりと二人の男女の影がうっすらと見えるだけだ。

「お邪魔してよろしいかしら?」

黒いドレスをまとった女性が立っていた。
スレンダーな女性だ。

「どうぞ。」

その女性は私の隣に座るとこういった。

「ここへは初めてでいらっしゃるの?ラフな服装の方ははじめてお目にかかるものですから。」

こんなカッコで来るのは私くらいなのか。
さっき前を通っていった男性もスーツを着た年配だった。
ランプの明かりだけだが目が慣れてきてその位は確認できた。

「ここで何が始まるんだ?私はここに行けと言われて来ただけなんだが。」

「そうでいらっしゃったの?もう少しで判りますわ。」

女性は笑みを浮かべながらそういうと、手の持っていたワインに口へと運んだ。
赤い液体が、彼女の中へと注ぎ込まれていった。





第二回 蝮の平次


突然無数の蝋燭が店の奥のフロアを照らしだす。
どことなく淫靡さ漂う赤い光。
揺らめくその光にほのかに照らし出される店内。
しかし、他の客の顔が見えるほどではない明るさということに変わりはない。

「さあ、始まるわよ」

ワイングラスを携えた黒いドレスの女は、声を落とし私の耳元でささやいた。

奥のフロア。
そこだけは異質な空間だった。
鏡張りの床。
その床に無造作に置かれた大きな箱には華美な装飾が施されている。
鈍い光を放つ鉛色の輪が四つ埋め込まれたコンクリート剥き出しの壁。
天井からは店には似つかわしくない鉄の鎖が垂れ下がり、
フロアの片隅には木でできた馬のオブジェ。

隣のボックスの影が動いた。
フロアの中に、一組の男女の姿が入ってきた。
赤い光の中に浮かび上がる白い肌。
不釣り合いに大きい黒いサングラスと黒いパンツだけを身につけた外人男。
そしてその男に手錠で繋がれている、アイマスクと赤いヒールだけを履いた全裸の女。

何が始まるのかという戸惑いをよそに、
私の視界では妙な光景が繰り広げられていった。

手錠を外し、馬のオブジェに女をまたがらせる外人男。
鋭角なその木馬の背にまたがった女の顔は苦痛に歪んでいる。
追い打ちをかけるように木馬を揺さぶる男。
悲鳴とも歓喜の声とも取れるような叫び声をあげる女。

「サド・マゾの世界というやつか」

飲み干したグラスをテーブルに置きながらつぶやく。
黒いドレスの女は私の水割りをつくりながら言う。

「そうよ、SM」

社会的に地位のある人間に多い性的嗜好なのか。
私にはよく理解できない。

「ここはそんなショーを見せる店なのか?」

ショーという言葉を聞いて、女は少し声をたてて笑い、
私を見つめて言った。

「見せるだけじゃないですわよ」

「・・・・どういうことだ?」

「ふふっ」

含み笑いを残し、女はフロアに目をやった。

外人男は派手な箱の中から細い荒縄を取り出すと、
女の身体を複雑に縛り上げていく。
縄を引っぱられ締め付けられるたびに呻く女。

「サノバビッチ!!」

天井から下がった鎖に緊縛された女を結びつけ、
罵りながら勢いよく片方の鎖を引く外人男。
天井からぶら下げられ、もはや中華街の店頭に吊るされた焼き豚のような女。
それが合図だったかのように、客席の方々から出てくる複数の人影。
フロアを照らしている蝋燭を手に取り、フロアへと群がっている。

「さあ、私たちも行きましょう」

そういって私の手を取り立ち上がった女の手は、
少し湿り気を帯び、火照っていた。





第三回 蝮の権蔵


手を引かれ、導かれる先を見るとフロアに群がる男女の向こう側に真紀子の姿があった。

「やっぱり、もう少し様子を見させてくれ。」

彼女にそう言って、再びシートに座った。

「誰かお知り合いでもいらっしゃったの?」

私の表情で察しがついたようだ。
私はその言葉をかわすかのように質問した。

「そういえば、君の名前を聞いていなかったな。
言いたくなければ答えなくてもいいが。」

彼女の唇が私の耳元に近づいた。

「桃子って呼んで下さればいいわ。」

そう言って、私の耳たぶを軽く噛んだ。
その行為に驚いた私を見ながら笑った彼女の顔に幼さが過ぎった。
妖艶な彼女だが、私と変わらないくらいの年齢かもしれない。

目のやり場に困り、フロアのほうを見ると・・・豚野郎がいやがった。
ギャグボールを咥えて鼻フックをし、首輪で繋がれ四つん這いになっている。

そのまんまじゃねえか・・・。

奴に押しつぶされた時の不快感はこれだったのか。
関わりたくないのに必ず俺に視野に入ってきやがる。
頼むからもう勘弁してくれ。。。

ってことは、真紀子は女王様なのか?
彼女の奥に感じたものはそれだったのか??
真紀子はスパンコールのロングドレスを身に纏っていた。
スリットがかなり深いドレスだ。
いつもと違った色気を醸し出している。
私と一緒のときは大抵ジーンズだ。

彼女の後ろに立っていた男が真紀子に耳打ちしている。
ここからでは顔ははっきり見えない。
長身でがっちりした感じの男だ。
二人は背後のカーテンの奥へと入っていった。

「あのステージの右奥って何かあるのか?」

「あの奥は、関係者の出入り口とプライベートルームがあるの。何故?」

「君と一緒にあそこには入れないかな。」

「誘ってるの?」

「そういう事にしておいてくれ。」

彼女は私の手を取って立ち上がった。

通路を歩いていくとソファーの影から豚野郎のケツが見えている。
二人の女王様に踏まれたり鞭で叩かれたりしている。
思わず、ケツの穴に向かって、それでも押さえ気味に蹴りを入れてやると、
「ひぐうっ!!」と叫んだ。
女王様にやられたと思っているようだ。
家畜にはお似合いの性癖だ。

カーテンの裏には、奥へと向かうの通路があった。
どうやら突き当たりが非常口か何かのようだ。
突き当りまでに両脇に計6つの部屋があった。
そのうちの一つの部屋のドアにある小窓から覗いている男がいた。
私達が背後を通っても一向にお構いなしに、
ドアの向こうを食い入るように覗きながら自分のナニを握り締めていた。

「あれもありなのかい?」と、桃子に聞くと、「そうよ」当たり前のように答えた。

ブルジョアどもの高尚な趣味って奴は、私には到底理解できない世界だ。

「あなたの知り合いって、もしかして真紀子?」

急に斬り込んできた彼女の言葉に動揺を見せないよう、「そうだ」とだけ短く答えた。
私の返事に対し桃子が口を開こうとした時、突き当たりドアが開き、二人の男女が現れた。

真紀子・・・

そしてもう一人の男は、あの父の古い友人クレメンツァだった。





第四回 蝮の平次

「ソニー、楽しんでる?」何のてらいもなく真紀子が言った。

真紀子の傍らのクレメンツァが言葉を発した。
「ソニー、大分あのクルマを乗りこなせる様になったようだな、
真紀子から聞いてるぜ」

「それにしても、ソニーにこんなところで出会うとはな。
やっぱりお前はゴッドファーザーの血を引いてるってことだな」
ニヤリと笑うクレメンツァ。

何故・・・?真紀子とクレメンツァの接点は?
この状況がよく掴めずにとまどっている私を見透かしたかのように、真紀子は言葉を
続けた。

「クレメンツァはソニーのお父さんの古い友人なんですってね。
私にとってもクレメンツァは、私の大切なパートナーってとこなのよ」

「昔からの知り合いなのか?」

私の問いに真紀子ではなく、クレメンツァが答えた。
「真紀子が生まれた頃から知っているよ」

・・・・どういうことだ?
私には何が何だか良く解らなくなっていた。
真紀子との出会い。すべてはここから始まった。
そして何年も会っていない父親の死。
それとともに現れた父の古い友人クレメンツァ。
今日、ここで初めて会った、真紀子と同じ臭いを持つ女、桃子・・・・。
ただ私の身の回りで何かが変わろうとしていることだけは感じられた。
点が線につながる瞬間。それがここにあるような気がする。

「ソニー、私の全てが知りたくてここに現れたんでしょ?
だったらまず、私たちの宴を楽しむ事ね。そうすれば全てがわかるはずよ」

「楽しむって、こんな馬鹿げた事をか?」思わず素直に答えていた。

「この世界を覗いてみれば、馬鹿げた事なんて思わなくなるはずよ」
そう言うと真紀子は桃子の方を見た。

「桃子、ソニーをよろしく頼むわね。色々教えてあげて」
そう言い残すと、真紀子とクレメンツァはすぐ横のドアを開け、部屋へと入っていっ
た。

桃子と私。2人取り残されたような格好になった。
どうやらこの場は、この桃子という女を手がかりにするしかないようだ。

「なあ、真紀子とお前はどういうつながりがあるんだ?」

「それは後で教えてあげるわ」・・・想像通りの答えが返ってきた。

私の腕を取り、通路の奥に向かう桃子。
私はそうされるがまま、通路の奥の突き当たりのドアを開けた。
成り行きにまかせるしかない。

非常口の踊り場。そこには異様な光景があった。
立ち並ぶ大きなロッカー。
扉という扉には妖しく咲き乱れる薔薇の花が挿してある。

「何が入ってるんだ?」

「あなたの殻を破るもの、ってとこかしら」
桃子は大きく開いた胸元から鍵を取り出し、一つのロッカーの扉を開けた。

鞭、蝋燭、手錠・・・。
ありとあらゆるサドマゾの世界の小道具が入っていた。

「あなたはどれがお好みかしら?」
悪戯っぽい笑顔を向け、桃子が言った。

「適当に見繕ってくれ」半ばヤケクソで私は答えた。

ロッカーの中の大きな鞄にありとあらゆるものを詰め、私にそれを持たせた。
通路に戻り、真紀子達が入った部屋の隣のドアを開け中に踏み込んだ。

一瞬息を飲んだ。部屋の様相はまるで拷問部屋だ。
悪趣味という域を超えている。ここで、私はどんな世界を覗くのか?
嫌悪感が渦巻きながらも、どこかで気分が高揚してくる感覚に襲われた。
それは、子供の頃捕まえたトンボの羽をむしり取った時に感じた感覚にどこか似てい
る気がした。

桃子はそんな俺にかまわず、後ろ手で通常の世界とのドアを閉ざした。





第五回 蝮の権蔵


部屋に大きく鎮座するソファーに腰をおろすと、
桃子が足元に跪きファスナーに手を伸ばした。

「あなたはどっちかしら。雰囲気だときっとSだと思うけど。」

そう言って潤んだ目でこちらを見上げている。

「俺が気持ち良くなるようにしてくれ。」

思わずそう言ってしまった・・・
この場でそれ以上の言葉を俺は知らないだけだが。。。

私はずっと目を閉じていた。
親父・クレメンツァ・真紀子・桃子・・・何がどう繋がっているんだ。

「私、今日は虐められたい気分なの。」

桃子は股間に顔をうずめながらそういった。

股間で執拗に蠢くものの感触が無くなり私が目開けると、
桃子はワンピースを脱ぎ捨て、真っ白な裸体を曝け出していた。
薄暗い部屋の中に浮かび上がる白い裸体に思わずゾクッとした。

「お願い、早く虐めてください。」

私は彼女に導かれながら手錠をかけ、ベットに繋いだ。
そして電気を消して真っ赤な蝋燭に火を点した。
揺れる蝋燭の火の中に映し出される白く艶かしい姿態。
その白い身体を真っ赤に染めていく蝋燭。
部屋中に響く桃子の喘ぎ声。
彼女の求めに応じて言われるがままに彼女を責め続けた。
気分が高揚していくのが判った。
真紀子の事など忘れてしまっていた。
この快感の中にずっと埋もれていたかった。
目の前で艶かしく蠢く桃子を犯しながら今までに無い興奮を覚えた。
無我夢中だった。
そして、自分の中の欲望を吐き出し続けた。
いつまでも尽きる事の無い欲望を。

私にとってその行為は愛し合うものに対する欲望とは
まったく違うものだったと思う。
少なくとも今現在はそうだろう。
粘膜を接触させるだけの愛の証明なんかじゃない、
お互いの存在を実感する世界なのか。
こういった行為をお互いの愛情を確かめる行為としている人達も
当然いるだろう。
相手が要求する痛みに応える事が相手への愛情表現と考える人。
そして逆にそれを求める人。
自分の存在価値をその行為の中で見出そうとしている人。
この場に参加している彼らはここでの行為に何を求めているのだろう。
快楽を追求した果てに行き着くものだとは思うのだが、
そこまでの行為に達してしまう欲求というものはどんなものなのか。
自分の存在意義を確かめたいから?
それとも相手の存在を確かめたいからか?
自分の欲求が何なのか何もわかっていないからなのか?
自分や相手ががわからないんじゃなくて、
そうやって理屈ばかり考えて何もわかろうとしない私が
わからないだけのことなのか・・・。
子供でさえわかるような手短で簡単な問題ほど、
大人になる程に答えが分かり難くなるのは何故だろう。
もっと素直に快楽に身を委ねていればいいのだろうか。
そしてもっと短絡的に自分の心に問いかければ良いのだろうか。
数時間前までと違う自分に戸惑いながら
言い訳を考えている自分がとても滑稽だった。
現実には目の前で快楽に酔いしれ宙を見つめる桃子の姿があった。

人の気配を感じドアのほうを見ると、真紀子が小窓から覗いていた。
私と目が合うと部屋へ入ってきた。

「私との時とまるで別人だったわよ。」

嫉妬でも軽蔑でもない、
あの日垣間見た彼女の奥底にあるものがこちらを覗いているようだった。

「私のことが知りたいんでしょう?」

そう言いながらベットの縁に座り桃子の股間に手を伸ばした。
桃子の体がびくんと波打った。
真紀子はその手の動きを止めずに話し出した。

「ここは私の全てを開放する場所、
そして私たち母娘を捨てた父に復讐する為に築いた砦。
そのパートナーとして出会ったのがクレメンツァなの。」

真紀子と桃子の行為に体の疼きを覚えながら、
彼女の話を黙って聞いていた。





第三章 第六回 蝮の平次


「フフッ・・・私の全てね」

絶頂に達し横たわる桃子を気にも留めず、
真紀子は濡れた指先を拭いながら訥々と話し始めた。

「私の母。新宿の場末であんなお店なんてやってるけど、
ああ見えても育ちはいいのよ。
公家の流れの名家。
俗に言うお嬢様ね。
今はそんな風に見えないと思うけど」

・・・スレた雰囲気のなかに、時折垣間見える品の良さに私は気づいていた。
人は生まれ持った部分は隠しきれないものだ。
真紀子の瞳に宿るものも、それと同じようなものなのだろうか。

「そんな母が、父と出会ったの」

「父は学もなく母より年下だったけど商才に秀でた人で19歳ですでに事業家だったの。
ちっぽけだけどね」

「学のない父は成り上がるという自分の野心の為にはなり振り構わない人だった」

「貪欲に世間を渡っている父に、温室育ちの母はコロッと参っちゃったのね」

「勿論、母の実家はとても反対したわ。どこの馬の骨か判らない奴に娘はやれないっ
て」

「でも妊娠という既成事実を突きつけられて、結局、母の実家は結婚に同意したの」

「で、結婚してすぐに私が生まれた」

「父はがむしゃらに働いていたわ。たまに家に帰ってくると、とても嬉しかったこと
を覚えてる」

「7歳になった頃、家に人の出入りが多くなった」

「母が父の仕事の手伝いをし始めて、私は家に一人でいる時間が増えて寂しかったけど、
父が毎日家に帰ってこられるように母が手伝いに行っている、だから我慢しなきゃって、
そう思ってた」

「でも、母まで動き回らなければいけない理由はね、
子供の私が考えているような事じゃなかったの」

「父は国会議員に立候補したの。母は、母の実家の持つ力を頼るために動いていたのね」

「そんな母の助力もあって父は当選したわ。ちっぽけな会社の社長から、国会議員様
よ・・・フフッ」

嘲笑とともに顔を上げ、伏し目がちだった視線が私の目を射抜く。
訥々と話していた口調が、徐々に怒りを帯びてきた。

「それから近所の人々の目が変わったわ。お嬢さんなんて呼ばれ出してね」
「あそこの家の娘とは遊んじゃいけないなんて言われていた私が、一晩でお嬢様?」

「ある日、家の前で何気なくアリの行列を見てたわ」

「規則正しく餌へと行進していくアリの行列」

「そのアリ達が議員になった父に擦り寄る近所の人間に重なって見えたのね」

妖しい輝きに満ちていく真紀子の瞳。
「・・・・・気がついたら、辺りのアリをみんな踏みつぶしてた」


「それから2年後、父は母と私を捨てたわ」


「父は家を出ていく時、小学生だった私に何て言ったと思う?」

「勉強だけはちゃんとしなさい、いい学校に行きなさいって」

「中学、高校は海外の学校に行かせてやるから心配するな、って」

「今まさに母娘を捨てるってときにそんなこと言ったのよ」

「意地になて勉強したわ。でもそれは出ていった父の言いつけを守った訳じゃないの」

「復讐するため。政治力を持つ父に対抗する力をつける為なの」

「お陰で成績優秀、父の援助なんか無くても奨学金で海外留学したわ」

「可哀相だったのは母よ。世間知らずの母に苦労させて利用して、で、必要なくなったらポイッ」

「世間知らずの母には見抜けなかったのね、父は母のバックにある力目当てだった、自分の野心のためだけに母と結婚したってことを」

「父が出ていく時、母は不思議と淡々としてたわ。私の前だったからかもしれないけど。
 今思うと感づいていて覚悟していたのかもしれない。
 聞いてみたことないからそれはわからないけどね」


泉のように湧き出てくる真紀子の言葉。


「それより母の実家が凄く怒ってた。あの男絶対許さないって」

「父が出ていってから暫くは母の実家に身を寄せたの」

「私に半分父の血が入っているからといって、祖父、祖母とも私の躾に厳しかったわ」

「ニューグランドに初めて連れて行かれたのもその頃ね」


「それから1年後くらいかな、炭坑にからむ汚職を告発されて父が逮捕されたの」


・・・・野心のためになりふりかまわない男。
成り上がる為の結婚。汚職。
それもその男にとっては野心の実現に近づく為の方法論でしかなかったのだ。
剥き出しの欲望。振り回す側と振り回される側。
「振り回されるのは弱いからだ」「力が全てだ」・・・・死んだ父がそうだった。
圧倒的な力で回りを振り回し、最期は力に振り回されて死んだ。
真紀子の父が、自分の父に重なる。 


「その告発をしたのが、実は母の実家なの」

「あの男を潰すって、母の実家が色々手を回して動いたんだって」

「でも・・・・すぐに釈放されて出てきた。無罪放免」

「父はもはや母の実家の手に負えないくらい、強大な力を持ちつつあったの」
「議員になって日は浅いのに、抜け目無く当時の権力の中枢に食い込んでいたの」


・・・・GHQライン。マッカーサーか。吉田茂か。ムッソリーニに食い込んだ父と同じやりかただ。


頭の中でようやくいくつかの点が線になってきた。
海外留学できる環境。サディスティックな性癖。
ニューグランドホテルのマッカーサールーム。
そして強大な力を持つ、常に腹を空かせた獣のような父親。


ふと思案に耽る私の様子を窺うように真紀子は少しの間沈黙していた。


「ねえ?」・・・・桃子が口を開く。
どうやら現実に戻ってきたようだ。

「ソニーさん、ここまで聞いたら真紀子の父が誰だかもう判っているわよね?」


私の方を見据えたままの真紀子に言った。

「復讐するには危険で強大な相手だな。まさかお前の父があの田中画栄とはな」




つづく